星と月の明日 24(キミの一番かわいい状態って、ふふ)
約束どおり、彼女は次の定休日にエプロン持参で来てくれた。
調理器具や調味料の少ない状況でも、ちゃんとした食事が出てくる。適当に選んだはずのエプロンも最高に似合っていて、あつらえたようだった。
狭いキッチンをくるくる動き回る姿は、いつまででも眺めていたいほどだ。
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約束どおり、彼女は次の定休日にエプロン持参で来てくれた。
調理器具や調味料の少ない状況でも、ちゃんとした食事が出てくる。適当に選んだはずのエプロンも最高に似合っていて、あつらえたようだった。
狭いキッチンをくるくる動き回る姿は、いつまででも眺めていたいほどだ。
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「俺は…バツイチだし キミとも年が離れてるし…
キミが好意を持ってくれるなんて もったいないと思ってるんだ」
「そんなことないです」
「キミはすごくステキな女性だよ
ずっとそう思ってた 昨夜は本当に うれしかった」
「…山沖さん…」
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それでもやはり「どうしたものか」と山沖は躊躇していた。
昨夜はあのあと何の話もしないまま、海音を家まで送って行った。山沖が何も言わないから、海音も黙っているしかなかったのだ。
これからどうするかは、ちゃんと話して決めないといけないなあ。
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「まだいたのか…」
まだ新しい星と月の光、オレンジ色の外灯が海音の泣き出しそうな顔を照らす。彼女のうるんだ目から涙をこぼさせてはいけない。
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「え?何が?」
「絶対 そうだと思ってたんだ‥」
あまねはうつむく。
「どうしたの?」
「あまねっておとうちゃんが付けてくれた名前なの」
「そう ステキな名前よね」
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海音とこんなことになってしまって、山沖の心を癒してくれるのはあまねだけになってしまった。
この前、泣き喚いたことなど忘れてしまったかのように、あまねは山沖に会えてはしゃいでいる。
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山沖の様子に変わりはなかったが、海音はあれ以来かわいそうなほど元気をなくしていた。一見、ものすごく仕事に打ち込んでいるように見えるのだが、実は心がそこにないと誰にもわかる有様だ。
彼女を元気付けられる唯一の人物は、そんなことには構ってられないよというスタンスを守り続けている。
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店を閉め、片付けも終わった頃、山沖は折れそうな心を何とか励まし事務所を出た。休憩室には本田と福本がいた。
「山沖さんお疲れっす」
「ああ 今日は…迷惑かけてすまなかったね」
「いえ 俺らは別に なんか大変そうすね」
「うん もう落ち着いたから 星野くんは 帰りましたか?」
「さっき パン工房にいましたよ」
教えられてパン工房に行くと、薄暗い中に私服に着替えた海音がひっそりと立っていた。
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子供にはすぐ、それが誰の車かということがわかった。途端に山沖の足にしがみついて離れなくなる。山沖は出来るだけやさしく言い聞かせる。
「今日は帰ろうな? 今度はおとうちゃんが会いに行くから」
「いやだッ」
外からパン工房の中に、山沖の姿を見つけた美波が駆け込んできた。
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その時、レジの電話が鳴った。一番近くにいた海音が取る。
「お世話になります…はい あの…今 ちょっと…」
歯切れ悪くちらちら山沖を見ている。「誰?」と、目で問いながら山沖は立ち上がった。海音が電話を保留にしてそばに来る。
「あの 長砂さんなんですけど…」
「ああ 出るよ」
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山沖は相変わらずこそこそ階段を下りた。なぜか紙袋を抱きかかえ前かがみになっている。
海音と一子と沙羽子、騒いでいるのは女性陣のようだ。
「山沖さん呼んできてっ」
一子の声が聞こえて
「えっ?俺?」
山沖はぴこんと真っ直ぐに立った。と、同時に目の前に海音が現れる。
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サントリナは南部がバイトしているキッチン雑貨の店だ。以前から食器などを注文していて付き合いがある。山沖自身が店に足を運ぶこともなかったので、南部がいつの間にか働いているなんて気づくはずもなかった。
「あれ 山沖 いらっしゃい」
訪ねると、ちょうど南部が一人で店にいた。
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診察と処置が終わり薬を待つ間に、泣き疲れたのか無理をして疲れていたのか、あまねは山沖に抱かれたまま眠ってしまった。ペップを出てから、とうとう一度も彼女は山沖を離さなかった。
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あまねが慣れない手つきで粉ふるいを使っているのを、海音が手伝っている。
海音がエプロンとバンダナも用意してくれていて、まるで小さな奥さんのようだった。あまねのエプロン姿が見られるとは思っていなかったので、山沖は感激だ。
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今ではすっかり山沖がハーブ収穫係りになってしまっていた。厨房にボウルを取りにいく。
スタッフたちは今日も忙しそうにランチの準備を進めていた。
「星野くん ちょっと手が空くかな?」
「はいっ 何でしょうっ?何ですかっ?」
洗っていた野菜を放り投げて海音が駆け寄ってきた。彼女を促がし小さな菜園に向かう。
「ちょっと手伝ってもらっていいですか?」
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南部(みなべ)が会社を辞めていて、本当に驚いた。彼とは以前いた会社で同期だったのだ。
「そんで…キッチン雑貨屋でバイト?」
「ああ 先月から」
南部は枝豆を噛みながら答える。
「お前がなあ 辞めるか?ふつ~…」
「お前だって辞めたじゃねえか」
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「のんちゃんはお菓子を作るのがお仕事なのよ」
一子の言葉に、あまねが海音を見る。
「これ のんちゃんが作ったの?」
「そうよ」
「あまねもお菓子作りたいっ」
テーブルに戻ってきた山沖が少し慌てる。子供は好奇心旺盛なのだ。
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山沖はあまねを助手席に乗せてペップに向かっていた。
過去にも何度もペップに行きたいとリクエストはあったのだが、定休日だから連れて行ったことはなかった。
「お休みでもいいから 外から見るだけでいいの!」
熱望されて、仕方なく連れて行くことにした。
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「BREAD」とステンシルされている茶色い紙袋の中には、ビニール袋に入ったパンがみっつ。買って来たような包装だが、パンも袋もすべて海音の手作りだ。友達に手作りの菓子やパンをよくお土産にするので、袋も作ったと言っていた。
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「本当に大丈夫だから カッコ悪いとこ見せちゃったね」
「カッコ悪くなんかありませんっ! だってわざとだったんでしょ?!
あの人たち止めるために…わざと…」
「え…?」
やべえ。バレてる?!このコ、デキるのか?
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「山沖さんっ」
思わず駆け寄ろうとする海音を、福本が止める。
山沖は、殴られた頬を見せ付けるように首を曲げたまま、ゆっくり壁から身体を起こした。
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山沖が離婚したのは二年前だ。結婚して八年目だった。
八年続けば、そのままだらだらといくものなんじゃないのだろうか。
だが、山沖の妻は色々と複雑な気持ちを抱えていたようだ。
彼女がそうしたいと言うのなら従うことに異存はなかったが、どちらも一人娘を手放したくなかった。
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翌週の定休日だ。山沖は約束の場所へと急いでいた。月に一度、今日が弓岡の言っていたデートの日だ。
いつもの公園の、決まったベンチで、彼女は山沖を待っている。
自然に足が速まり、駆け出しそうになる。早く、会いたい。
いつものベンチに、彼女の姿を見つけた。
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この話は一応「無人島にはキミを連れて」の続編になってますが、単独でも読んでいただけます。
より堪能したい方はリストの「しやわせな結婚メニュー」から「しやわせな」→「無人島」→「星と月」という感じで、長い道のりを楽しむというテもあります。
初回は少し、「無人島」とダブってますよ。どきどきしちゃうぜ!
星と月の明日 1
― 人を好きになるのに 年なんか関係ない
彼女は、そう言ったんだ。
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軽い気持ちで言ったことが、すっかりプロポーズになってしまってる。不思議なのは、「それでもいいか」と思ってる自分だ。とおるさんの言う通り、しばらくみちるの出方を待っていた。
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週末、会社の同僚二人と飲みに行った。あれ以来、ちょっと通常のテンションに浮上できないでいたんだ。
男三人で上司や取引先の愚痴を言いながら飲んだところで、気分が晴れたりはしないんだけどな。
一時間くらい飲んでたら、もう帰りたくなった。
「あれっ 三枝くん?」
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「プルミエールの人々 403号室」の続編の「続・403号室」の更に続編です。
なら…一気に8話出せよって話ですね。あはは
昨日、今からって時にアクシデントがあり更新できんかったんですよね。
…予告、せんでよかったあ…(^^;;;
そんなわけで、お待たせしましたっ!
待ってねえかっ!
続・403号室その後 1
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「…先週会ってた人?」
「え?」
「ぱすたぱすでご飯食べてた人?」
「…見たのか?」
「あそこ 乗り換え駅だから‥」
忘れてたあ‥。ああ‥ヤベえ。
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これは短編作文「プルミエールの人々シリーズ」の中に入ってる「403号室」の続編です。
主役があまりやさしくないので、続きを躊躇してたんですが
まあ…こういう状況なので、思い切って…アップしたるんじゃあああっ!
ヒロインの扱いがひどいんですが、たぶん前の話を読んでもらわないとわけがわかりにくいと思います。全部で三話です。
えっ?!そんなら読むの止めるっ?!
待って待って待ってえええっ! (/□≦、)
試しに…読んでくれてもバチは当たんないよう。
と、言うわけで…以前の話はコチラから→プルミエールの人々403号室1話
そんでもって、続編は
続・403号室 1
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前回までのあらすじ◆馬見が道場破りみたいなことをしに、やってきてなんかわいわい言ってるところです。
さて…続きですが、決して対決とかはありませんから!
小ネタふっといて、肩透かしかよっ?
小ネタ2・看板を守るのは愛だ!
道場破りは半ば自分に陶酔した感じで語った。ペップのシェフはそれをつまらなそうにぼさ~っと見ていたが、一応は応える。
「うまいもんなら提供してるよ」
「じゃあ勝負しませんかっ」
「金払って食いに来いよ 何コーフンしてんだおっさん」
「むきーっ!料理の勝負は料理でつけるですーッ!」
馬見は興奮して、わけのわからないとこを言っている。
「ペップの看板賭けて勝負するですーッ!」
興奮しているオヤジの馬見とは対照的に、若い本田は腕組みをして相変わらず面倒くさそうだ。
「そんなんするわけねえだろ かけっこなら勝負してやるぜ?」
「自信がないんですなっ?」
「食い物に勝ち負けを決めるのが不毛なんだよ
三日断食して来てみろ 泣くほどうまいコンソメ飲ましてやる」
「三日断食してない私を納得させればいいんですっ」
埒が明かないと思ったのか、本田はため息を吐いてから「待ってろ」と、厨房に戻っていった。
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続編の小ネタです。セリフばっかりで、特に事件も起こらないし内容もありません。
一応、本田がどういう心構えで仕事をしてるか…みたいなもんですかねえ。
1話完結のはずが、セリフが多くて2回に跨ってしまいましたことも、ごめんなさい。
まあ…22話でもらった指輪が、ヒロインの指に納まるのに最終回までかかってる話ですからね。ゆるくいきましょうよ。
そんなわけで…
小ネタ1・ペップの看板を守れ!
ランチタイムが終わって休憩時間に、沙羽子と一子はカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「ねえねえいっこさん 『味の鉄人ブログ』って知ってる?」
「何ですか?それ」
「あ!俺知ってるよ」
福本が厨房から出てきた。
「レストランの道場破りみたいなもんですよね?」
「そうそう!」
それは最近ネット上でささやかに騒がれているブログだった。自称・味の鉄人馬見鉄治が、目を付けたレストランのシェフと料理対決するという内容だ。馬見サイドで勝手に書かれているので、鉄人に負けた店はこてんぱにこき下ろされている。毒舌食べ歩き日記にパフォーマンスがくっ付いているようなものだろうか。それが、最近ちょっとだけ話題になっているのだ。
「対決って…誰が判定するんですか?」
「…さあ?馬見って人じゃないの?」
「それだと好きなこと書けるじゃないですか
そんなのによく厨房貸して対決なんかしますね…」
一子はあきれてため息を吐く。
「店の方もブログで紹介されたら宣伝になると思ってたんじゃないすか?」
「だってさあ ちゃんとした番組とかならまだわかるけど…」
「馬見って有名な人なの?」
「さあ?プロフィールには色々店の名前書いてあったから
グルメリポーターじゃあないと思いますけどね 俺は知らないなあ」
「どうする?うちにも来ちゃったら!」
ちょっとわくわくした様子で沙羽子が言った。当然来るのだ。噂なんかしてるから。
「頼もおおおおッ!!」
大時代な挨拶が、店内に響き渡った。
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やあどうも、大田分です。
最終回に、たくさんのやさしいコメントをいただきありがとうございました。
もう、おまけなんかアップせずに、このまま終わった方がいいんじゃねえか?
とも思いましたさ。あんまりうれしくって。
…一応、告知したからには、アップするけども。(^^;;;
本当に内容はないんで、さくっと読んでください。
美しく終わるって…はずかしくって出来ないもんすから…。
無人島にはキミを連れて 30(ほんのオマケ)
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それは、車道と歩道の段差のところに、ペットボトルのフタと並んで落ちていた。
つまみ上げ、かぶっていた砂埃を掃う。
「えっ?マジっ?あったの?」
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一子は本田といっしょに遊園地に来ている。あれやこれや、アトラクションに乗って楽しんでいる。もうすぐパレードが始まるようで、みんなが集まってきている。
すごく、楽しい。はずなんだけど‥なんか、さっきから‥
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最初、いちごはやけに俺にかまってくるから「この人俺のこと好きなのかな」と思ってたんだよな。そんなん考え出したら、もうすげえ気になってきちゃって…。ただの面倒見のいいお姉さんだと知った時はがっかりだったなあ。
まあ…その頃は、まだ俺には彼女いたんだけど。いちごにも男がいると思ってたんだよ。
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電話を切って本田を見ると、ベッドの上に体育座りでじーっとしていた。
「どうかしたの?」
「あの あのさ‥あのう‥」
前を向いたまま「あのその」を繰り返す。
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まただ。なんでこいつはそんなに「辞めないで」って言うんだろう。実は辞めてほしいのかな?
一子の気持ちなんて本田にはわからない。
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後方でブレーキ音が響き渡り、クラクションが鳴った。がしゃっと金属ぽいものが倒れる音もした。
「事故か?」
信号待ちをしていた本田はバイクのミラーを見る。ひとつ後ろの交差点は横断歩道に車が両車線とも止まってしまっている。
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「でもあたし…」
「なんで?」以来の一子の発言に、一同は身を乗り出す。聞く気満々だ。
「…その はっきりとは 本田くんから 何も…」
そんなことを言ったものだから、一斉にみんなから攻撃されることになった。
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みんなが拍手する。一子以外はこのパイのことも知っていたのだろう。コントみたいに、それはそれは素敵な笑顔で拍手している。あんまりにもいい人たちで、ため息を吐きそうになった。
一子がアルミホイルをつまみ上げる。本田はそれを黙って見下ろしている。
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「いっこさん!今度の定休日予定ある?」
沙羽子がにこにこ訊ねてくる。正直に「ないです」と答えたら、両手を握られた。
「じゃあ ぜひお店に来てちょうだいっ」
「…はあ またハーブの植え替えですか?」
「やあねえ いっこさんのお誕生日会よお みんなでお祝いするわ!」
誰の何だって?
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戸惑っている一子を、逃がすまいとするかのように、本田は空いている方の腕で抱き寄せた。強い力で捕らえられて動けない。
誰に電話をかけているのか。ひどく悪い予感がする。
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ついこの間まで、朝起きたら出勤するのが楽しみだった。仕事に行けば本田に会える。でも、ここ最近はひどく複雑だった。
そりゃあもう本田には会いたい。それが一番だ。だけど…もやもや考えてしまう出来事が日々追加されて、楽しいかと訊かれると素直に「うん」とは言えないのだ。
悪いことに、一子は責任感が強かった。休めない。
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そんなことがあったというのに、翌日も顔を合わさないといけない。同じ職場で働くということはそういうことだ。
まともに本田の顔を見られるわけがない。
彼がどういうつもりであんなことをしたのか。彼女への腹いせだったのか。彼女に裏切られた本田に同情しなかった一子への罰なのか。
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「そ そんな…本人に確認したの? 聞いた話なんでしょ?」
本田は後ろを向いたまま、何も言わない。
彼女が心変わりしたって言うの?
…まさか、この前の事が原因で…。あたしのせいなの?!
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翌日の朝、本田は何も言わず千円札を差し出した。
「何?」
一子が見上げると、むすっとしたまま答える。
「タクシー代」
彼女から、あたしがタクシーで送ってったこと聞いたのね。
「いいわよ それより二日酔い大丈夫?」
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なんとかタクシーに乗り込んで、落ち着いたと思ったのも束の間。
眠っているのか、飲み過ぎて辛いのか、本田は一子にもたれかかったまま動かなくなった。
一子の肩に深く頭を差し込み、ジーンズの太ももには彼の左手がのっかっているのだ。
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仕事の始めと終わりに「着替える」という段取りがあるため、二階には女子ロッカーがある。男性スタッフたちは廊下を挟んだ向かいにある休憩室の奥にロッカーを置いて着替えているのだ。
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弓岡は沙羽子が店に出るようになって、たびたび顔を出すようになった。夜にやって来て、山沖と事務所で話したり、カウンターで何か飲みながら妻の働き振りをうれしそうに眺めたり。口を出さずに金を出す、とってもいいオーナーだ。
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食べ終わった本田は厨房の方を向いて水を飲んでいる。本気なのだろうか?
「…や 辞めないって言ってたでしょっ?!」
焦る一子に本田はうれしそうに笑った。
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指定された時間にペップに行くと、本田はもう来ていた。カウンターでコーヒーを飲んでいる。
「どこに連れてってくれるの?」
「ちょっと待ってて」
本田が立ち上がる。
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大丈夫。本田くんが作ったコロッケだもの。絶対おいしく揚がってくれる。
祈りながら網の上に引き上げる。シェフがソースの上にコロッケを並べた。トマトのソースと枝豆のソースが敷いてある。一子の差し出す野菜でコロッケを飾る。二人で協力して作ったコロッケが、運ばれていく。一子はなんだか誇らしかった。
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「それまかないじゃないの?」
「どうしても味見ときたくてさ ソースはそれから考える」
シェフは小さなフライヤーの中に、小ぶりなコロッケをふたつ、そろりとすべり落とした。
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以前はメニューに関するミーティングも意見が出なくて困っていた。別に、オリジナルの看板メニューというわけではないのだから、季節にそった料理をちょっとアレンジすればいい。前は先代のシェフに頼りっぱなしだった。本田はどんな突拍子もない提案でも、どうにか出来ないか考えてくれるので、最近は意見が出るようになったのだ。
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そろそろランチメニューを変えようということで、閉店後にミーティングを始めた。残っているのは、沙羽子と山沖、厨房の本田、福本、海音、それから一子の六人だった。
ミーティングと言っても、閉店後でみんな腹が減っているので、店のテーブルには福本の作ったスペイン風のオムレツや残り物の魚介で作ったなんちゃってブイヤベースが並んでいる。「打ち上げ」のような雰囲気だ。
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結局、本田の彼女が帰ったあとも、夜になっても、今日一日一子は気が付いたら本田を睨んでいたということが、何回かあった。その度、視線を感じたのか本田にチラ見されて、我に返ったのだ。
「何やってるんだろう あたし」
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沙羽子のぎっくり腰が癒えて、リハビリかたがた店に復帰した頃だった。
昼間のフロア担当はバイトも一人多い。いつものように客を捌き料理を運んでいた。空いたテーブルに次の客を案内しようとしていた時。
「彼氏の店 流行ってるよねー」
待っていた女の子チームの話し声が聞こえた。
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「無人島にはキミを連れて」は別室作文にはめずらしく登場人物が多いです。
主なスタッフが出揃ったので、一応登場人物の解説をしておきます。
弓岡と沙羽子 「ペップ」のオーナーとその妻。仲良し夫婦。今回はサブです。
スタッフたち
山沖 開店の時に雇われた店長
ランチの時はフロアにいるが、その他はほとんど二階の事務所にいる。
「ペップ」で一番頼りになる人とされているようだ、が。
たぶん、一番年長者だからだと思う。
本田 一番新しいスタッフにして最年少、にしてシェフ。
口数が少なく、何を考えているのかわかりにくいお年頃の二十三歳。
本編の主役です。よろしくお願いしる。
一子 フロア担当。
もうすぐ三十になる多感なお年頃。「いっこさん」と呼ばれている。
本編のヒロイン。話はこの人寄りに進んでいきます。
福本 厨房スタッフ。先代シェフのアシスタントとして入ったので、そのまま本田を補佐している。
イタリアンが得意らしいです。
海音 厨房スタッフ。主にデザートとパン担当。のんちゃんと呼ばれている。
ランチの時だけフロアにアルバイトの女性スタッフが一人増えるシステムです。
私は、こういう店で食事をすることもないので、何人くらいのスタッフが必要なのかもよく
わかりません。
この人数でまかなえる店の規模だと考えてください。
小さい店だと、夫婦で営業みたいなところもあると思いますが、もう少し大きい店の
つもりです。
食事はもちろん、飲食店で働いたこともないんですよね。
だから、営業中の厨房がどんなもんかも知らないです。
おのずと、物語は閉店後とか定休日とかが多く書かれています。ほとんどそうです。
サラリーマン以外の主役!と、大きなこと言ってますが、仕事してないことに変わりは
ないようだ。ははは‥
もしかすると、すげえとんでもねえこと書いてるかも!
指摘してくださって構わないので、遠慮なく。書き直しもやぶさかでありませんから!
本田が、思ってた以上にウケがよくて…ドキドキしてます。でも、ヤツが「別室の主役」
だということは忘れないでください!
作者注※ 次回、スタッフでないキャストが、一人登場します。
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沙羽子があんなことになって、最初から本田と二人で作業しなくていけなくなってしまった。以前、苗を植えつけた時も一子が手伝ったので、手順は憶えている。本田は口数が少ない分、てきぱきと作業をこなしていった。それでも、午前中はアクシデントがあったおかげで潰れてしまい、植え付けが終わった頃にはもう二時を過ぎていた。
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定休日だというのに出勤しているご苦労な人たちは、たまたま予定のなかった一子と本田と、張り切っている沙羽子の三人だ。
自分で満足に管理できないくせに、ハーブを増やすからと沙羽子に手伝わされているのだ。
「じゃあ こっちのプランターにはチャイブ
イタリアンパセリはこっちに移すわよっ」
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開店の準備をしていて、厨房に本田がいないことに気づく。ランチの用意をしているスタッフに訊いてみた。
「福本くん 本田くんは?」
「さあ?」
「のんちゃんは知らない?」
海音(かのん)は主にデザートを担当している。化粧っけもなくショートカットで、パッと見ると厨房には男が三人いるようなのだ。
誰も知らないようだった。まさかと思って裏にまわってみると、思ったとおり本田がいた。
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「しやわせな結婚」の続編です。
どきどきしながらも、本日よりスタートさっ!(v^ー゜)ヤッタネ!!
無人島にはキミを連れて
このレストランは開店してから四年になる。という事は、一子(いちこ)が会社勤めを辞めて四年になると言うことだ。開店当初から勤めているのは、自分とマネージャーの山沖だけだった。
たった四年なのに…開店当初からいるというだけで、主のような存在だ。しかもフロア担当のアルバイトはみんな若い。一子のしっかり者キャラのせいもあり、主のように扱ってくれるのだ。
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目を覚ますと沙羽子は隣にいなかった。洗面所で顔を洗い、タオルで拭いていると背中から細い腕が抱きついてきた。懸命に首をひねり彼女の姿を確認しようとするのに、腕ははずれない。
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「僕はきっと女性の横顔に惹かれるのかもしれない」
新婚旅行の夜に、弓岡はそう言った。
あれは…
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痩せていると思っていた沙羽子の身体は、抱きしめると思っていたよりやわらかかった。
彼女はしがみつき「ごめんなさい」を繰り返す。
「もう いいんだよ」
「許して…」
「許して欲しいのは 僕の方だよ」
「……」
「ずっと キミを傷つけていたんだろ?
すまなかった…」
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「あたしもおビールいただこうかしら」
新人ホステスのようにぎこちない。返事もせず、弓岡はまだ沙羽子をじっと見続けている。
タオルは力いっぱい引っぱって、なんとか胸の谷間も作ったのだ。
「あの…ビ…」
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これが「偽装結婚」なんだ。心は通わなくていい。ただ、書類の上でだけの夫婦。
顔だけ洗うと、服を着てキッチンに向かう。
「おはよう沙羽子さん」
何も知らない父親は、にこにこ笑いかけてくる。
「おはようございます」
そう応えて、沙羽子は自分もうまく笑えていると思った。
野菜を洗い、コーヒーを淹れ、卵を焼く。いつもの朝だ。
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課長の問いかけに、沙羽子はうなずいてしまった。
たぶん…構わないんだ…。
弓岡さんだってあたしが愛してるのはこの人だって知ってるんだもの。この人以外好きになることはないって最初にきっぱり言ってあるんだもの。
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ひどくなつかしかった。
「課長っ」
思わず駆け寄り、そして縋りつきそうになった。寸前で思い止まる。素早く周りに視線をめぐらせた。
「あ ご家族の方は…」
「一人だよ」
「…そう ですか」
「キミも?」
黙ってうなずいた。
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こんなに自分を怒らせてる男に、どうしてメシを作ってやらなければならないんだろう。結婚とは不条理だ。
父親もさすがに沙羽子の不穏な様子に気づき、弓岡にこそこそ何かあったのか訊いている。息子の話は要領を得ないらしく、父親は自分に出来る唯一のことで沙羽子を静めようとした。
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信じられなーいッ!やっぱりホモだったんじゃないのーッ!!
それで…あんなに簡単にあたしと結婚したのね!カモフラージュだったんだわ!
幸せを望んでいないやさぐれた女なんて、偽装結婚の相手にもってこいだったんだ!!
バカにしてるッ!
あたしに手を出さないのも、他所に男がいたからだったのね!
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夕方、弓岡から電話があった。会社の人と飲みに行くことになったから、夕飯はいらないと言う。父親と二人で早めに夕食を済ませ、沙羽子は寝室にいた。
壁際に置いてあるベンチソファに横たわって、ぼんやりDVDを見ている。目に映っているだけで頭は別のことを考えていた。
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山沖が飲み物のオーダーを聞いて出て行くまで、沙羽子は金魚のように口をぱくぱくさせていた。
「料理はおまかせでいいかな?
適当に作ってくれるように もう頼んじゃってるんだけど
何か食べたいものあったら遠慮なく言って」
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静かな土曜日の午後だった。
「お父さんは甘いものお好きなんですね」
この家に来てまだ一ヶ月だが、休日には必ずケーキを買ってくる。
「うん 僕の奥さんが好きだったんだ
土曜日にはこうしておやつを食べるのが決まりだったんだよ」
「あ‥そうだったんですか‥」
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会社を辞めて専業主婦になってしまった。ヒマで死んでしまうかと思っていたのに、主婦業とはつまり年中無休なのだ。特に、料理があまり得意でなかった沙羽子は夕食のメニューを考えるのにもひと苦労だ。
「詐欺だわよ…ハウスキーパーが来てくれるんじゃなかったの…」
家事はしなくていいと思い込んでいた。セレブマダムか、お前はっ!
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旅行から帰ると、新婚さんは弓岡の家で彼の父親と三人で暮らすことになる。
「本当によかったの?僕は一人でも大丈夫なんだよ」
父親はそう言ってくれるが、沙羽子が三人暮らしを希望したのだ。
「だってお父さん 私もここで金魚たちと暮らしたいんですっ」
好き合って結婚したわけではないのだから、二人きりの方が却って落ち着かないのだ。
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結局、昼間は遊びまくり夜は疲れて爆睡して、今日が南の島最後の夜だ。
ホテルのラウンジではピアノの弾き語りをやっていて、宿泊客たちはみんなトロピカルなカクテルを楽しんでいる。
沙羽子もパイナップルのカクテルを舐めていた。
「満喫できた?」
モーソービールを飲みながら弓岡が訊く。
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ホテルに戻り、夕食も終え、シャワーでも浴びようと洗面所に入った時だ。何気に見た壁に黒いストライプ模様があった。幅は5センチ強。
「こんなのあったかしら?」
よく見ると、模様がかすかに動いている。
「‥ぎゃ‥ぎゃああああああッ!!」
沙羽子の悲鳴に弓岡は椅子からぴこんと飛び上がり、洗面所に駆け込んだ。
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翌朝は早くからすっきりと目覚ました。弓岡がまだ眠っているのを確認して、こっそりシャワーを浴びる。昨夜はサンドイッチを平らげてしまった。思いがけずうまかったのだ。だけど、もう腹が減っている。
「こんなに快食快眠快便じゃあ…お断りする理由がないじゃないの~」
健康な自分が恨めしい。夜のことは夜考えることにした。
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それなりに結婚というものに憧れなんかあったように思う。愛する人と結婚して、暖炉のそばで犬を飼う。
…いや、ここ最近色々ありすぎて記憶が曖昧だ。
「沙羽子さん こっちだよ」
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指輪の手配も済み、沙羽子は弓岡の自宅に連れてこられた。
いいとこのボンボンだとは思っていたが、それなりにデカイ家だった。母親を亡くしてから父親と二人で暮らしていると言う。
「父さん 沙羽子さんが来てくれたよ」
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沙羽子はすっかり開き直ってしまった。
今までほとんど声を発していなかった彼女は、信じられないほど饒舌だ。どっちが本当の沙羽子なのだろう。
「彼はあたしの直属の上司で 入社してからずっとお世話になってる人なの
とってもやさしくて親切で ふふ 結構イケメンでしょ?」
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しっかり次回の約束をして電話番号も教えてもらって、弓岡は彼女を送っていった。
自宅に戻ると、リビングで父親が金魚にエサをやりながら「おかえり~」と言った。のん気な父さんは、弓岡を振り返りもせず、にこにこ金魚を愛でている。
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見合いの席にやってきたのは、たぶんもらった写真に写っていたのと同じ女性だ。と言うのも、最初からずっとうつむいているので顔が確認できないのだ。
覗き込んでじろじろ見るのも失礼だし、「はずかしがり屋さんなのかな」と、弓岡は自分を納得させた。
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帰り道、風が気持ちよくて、「ちょっと散歩して帰ろうか」と、二人は晴山公園に寄った。
「ごめんね…歓迎会にまで行っちゃって…」
「んー? 俺ちょうど伊倉に会いたかったから」
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まだまだ残暑が厳しい。会社近くのビルでは好評につき屋上ビアガーデンが延長営業されていた。
この度、部署が移動になってしまった孝政の歓迎会が行われている。移動といっても、パーテーションの向こう側に席が移っただけなのだが、みんな飲みたいわけだ。なぜか、以前の部署にいる沢木と松本も参加してるのだから。
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早朝の五時過ぎ、携帯電話のアラームを止めて孝政はごそごそ起きだした。その音に佳世も目を覚ます。
「ごめん 起こしたな」
「まだ‥早いんじゃないの?」
「うん お前今日は休めよ 松本っさんには俺から言っとくから」
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「今ならまだ止められるぞ?」
途中一度だけ訊くのは、「大丈夫です」と言わせるためだ。
「だ‥大丈夫」
言ったな?言ったんだからな?泣こうがわめこうが、もう止めねえぞ。
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佳世を送り会社に戻った孝政は、まだ三割がた放心していた。みんなに励まされたが「うん」とか「ああ」とか耳に入ってない様子だ。それでも、きっちり定時でタイムカードを押した。
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弁当を食べ終わった孝政がデスクに戻ると、なんだかフロアの雰囲気がざわついていた。
なんかトラブルかな?
その時、女子社員のひそひそ声が聞こえてきた。
「さっきの救急車で運ばれたの 伊倉ちゃんなんだって」
えッ?!
「い‥伊倉が?!なんでっ?!」
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買って来たコンビニの弁当をぶら下げて休憩室に向かう。会議室からトレーを持った堤さんが出てきた。来客だったのか、今日のお茶当番は堤さんのようだ。余談だが、お茶係は瀬尾さんと堤さんが交代で行っている。おそらく容姿で任命されたのだろう。
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さっき孝政から電話があった。
「これから行くからまだ寝るな」
それだけ言われた。声が少しイラついていたので、佳世も訳が訊けなかった。
もう夜中の十二時前だ。
「さよりさんと何かあったのかしら?」
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食洗機にあとはまかせて、食事が終わると孝政はすぐ部屋に引っ込んでしまった。
いきなりは間が持てないのだ。さよりといても落ち着かない。
康友の気持ちがわかったのだから、彼女はここへ戻ってくる。
慣れるまで‥時間かかりそうだなあ…。
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しばらく見つめ合って、どちらからともなく二人はくつくつ笑い始めた。
「つまり 利害が一致してたんだ」
「そうだね」
口ではそう言っているが、成人してもなお一緒にいるのは、暮らしていくうちに利害だけでなくなったからに違いない。あくまでもそれが「きっかけ」だったことはお互いにわかるのだ。
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翌朝、孝政は自分のものでないベッドの上で目を覚ました。痛む頭をそろそろ動かすと、ベッドの隣に座っている佳世の後ろ頭が見えた。自分のイメージでは跳ね起きたのだが、もそっと上体を起こして再び倒れただけだった。
その様子に佳世が振り返る。
「おはよう鈴木くん」
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部屋に着くなりキスされた。
「このマンション こんなに遠かったかな」
「俺ちゅーしたくておかしくなりそうだったよ」とかなんとか言いながら、男前はそこここに吸い付いて来る。
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さよりから電話をもらって、佳世は困惑していた。高架下の焼き鳥屋に孝政と二人でいると言う。
孝政の名前が出て大いに慌てた。ちょうど反省していたところだったのだ。
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「それで身を引こうと思ったとか?」
「…ううん がんばって まっとうな人間になろうと思ったのよ」
水商売でちゃんと子供を育て生活してる人はたくさんいる。だが、さよりにはそれができなかったのだ。
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今にして思えば、昔からさんざん悪い男に騙されてきたはずだった。さよりはどんなに落ち込んでも、荒れて子供に八つ当たりこそすれ泣いたことはなかったのだ。そんな母親を「大人気ない」と思って子供ながらにあきらめていた。
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なんて間の悪い女なんだろう。もしかしてどこかでこの三人が揃うのを待っていたのだろうか。
しかも何気に場違いな玉のスイカをぶら下げている。
「スイカいただいて‥一人では食べきれないので持ってきたんです」
「あ‥ああ すみません」
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なんでこうなるんだ!今までうまくやってきたのに。
「伊倉ッ そいつ連れてすぐ帰れっ!」
孝政が携帯電話に怒鳴る。
「待って!すぐ行くから!」
康友がベランダから懇願する。
佳世とさよりがおろおろしている間に、康友は部屋を飛び出していった。
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浮かれて約束のコーヒーショップに駆けつけると、佳世はいささか不安そうな面持ちで店の隅に座っていた。
「お待たせー」
対照的に孝政はなんて明るいんだろう。だって、今日は二人の記念日になるんですから!
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そもそも、基準はどこにあるのだろうか?「女性の慎み」というヤツなのか?
こんなに「保守的」な女がいるとは思わなかった。これまでは「すんなりそうなってきた」からだ。一応、高校生の時の彼女とは段階を踏まえた。様子を見ながら、「今日はここまで」「もうちょっとどうかな?」「だめ」といった感じで徐々に関係を深めていったのだ。そんな当時のことが思い出される。
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マンガみたいに、佳世の持っていたコーヒーの空き缶がかろんかろん石畳を転がっていった。「しょーがねえな」と孝政が拾いに行き、ゴミ箱に放り入れ戻ってくる。それでも佳世は同じカタチで止まっていた。
返事が、ない。ここは質問の方向を変えてみよう。
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そんなことをしていたんだから、仕方ない。
待つことが女の仕事だった時代はとっくに終わっているのだ。‥否、大昔からそんなものはまやかしだったのかもしれない。
及び腰で遠巻きにしたまま、誘ってもドタキャンされて…
瀬尾さんがしびれを切らして当然のことだ。
彼女が制作の社員と付き合い始めたらしいと、沢木が教えてくれた。
「お前が付き合ってたんじゃなかったの?」
「……」
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そんなはずはない。孝政は今頃、瀬尾さんとボーリングだ。
たぶん、新聞の勧誘とか布教活動とか…うちに来るのは、そんな人だけなんだから。無視無視。
またベッドに転がる。
「そんなはずないもん」
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「さっさよりっ お前ッ!聞いてたのかっ!」
「だって 気になるじゃない?」
「お前が気にすることじゃねーよッ」
「あのコはいいコだと思うわ 土曜日が楽しみねタカ」
「うるせえ いつまで掃除してんだよ もう帰れ」
「実はあたしもオムライス好きなのっ」
「帰ってくださいよって~…」
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当然、週明けに佳世の様子がおかしいわけも孝政には思い当たらない。
酒量が許容範囲を超えるまでのことは憶えているから、「あの店当たりだったなあ」とか「いつ瀬尾さんを誘おうかな」とか考えるのに忙しいのだ。「もともと伊倉は何考えてんのかわかんねーし」で片付けてしまえる。
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料理も酒もうまい。当たりだったなあ、この店…。
久しぶりに気分がいい。ここのところ、気苦労が多かったからなあ…。
調子に乗ってもう一本冷酒をおかわりしてしまう。隣で佳世が揚げだし豆腐を箸で切ろうと格闘していた。うつむいている肩に、やわらかそうな髪がかかっている。
何で出来てるんだろ?伊倉の髪って…。
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翌週、会社で会ったさよりはいつもと特に変わった様子はなかった。
「ヘンな気起こすなよ?」
釘を刺すと
「ここでタカに会えるからいいもーん」
無邪気にしなだれかかってくる。強がってるだけかもしれないが…まあ、とりあえずは安心だ。自分が黙っていればさよりと康友が会うこともない。
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さよりは孝政が隣に立っても気づかず、店の中の二人を凝視していた。
思わず彼女の腕をつかんで、その場から引き剥がす。そこでようやく孝政の存在に気づいた。
「…タ タカっ?」
「ちょっと来いっ」
強引に引っぱってしばらく歩いてから、孝政は手を放した。
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孝政の言葉に佳世は
「あー そーなんだ」
相変わらずの棒読みでコーヒーを飲んでいる。本気にしていない。
「まあ 信じなくってもいいけどな 俺だって信じたくないし」
「…あ 義理の…」
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自宅に帰ると、買い物した食材を冷蔵庫に入れて、ソファに倒れこんだ。
身体を横にすると、もう起き上がれない気もしたが、そのままぼんやりと天井を見つめる。
頭の中で、ぐるぐる結論の出ない自問自答を繰り返し、気づかないうちに時間が経っていたようだ。
「孝政くん 具合でも悪いんですか?」
康友の声に、身体を起こした。
「あ!父さん おかえりっ」
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孝政は、どうにかさよりを陥れてここを辞めさせるテはないか考えていた。さよりがいる限り、彼はこの先ずっと佳世の下僕だ。さよりの存在がちらちらしていると、どうしても気になって仕事にならない。
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佳世と二人っきりでカラオケに行っても盛り上がれるとは思えなかった。いや…お笑い芸人が100人いて盛り上げてくれても、孝政のテンションは上がるはずもない。
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「なんだよ?」
「あの人との関係が会社にバレたら マズイの?」
「…関係なんかないって言ってるだろ」
「黙ってて欲しいのよね?」
「…お前…」
佳世はにーっと笑った。笑いなれてないのか、ちょっとぎこちない。
「あたし 鈴木くんの弱みを握ったってことかな?」
「どーするつもりだよ?!」
笑顔のままつかんでいた手を放した。
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気になっているのは、自分が酒の席で瀬尾さんに何を言ったのか、だ。
沢木に訊くと、やたら「かわいい」と褒めていたらしいのだが、沢木自身も結構記憶を失くしてしまう方なのでアテにはならない。
直接瀬尾さんに訊くのも危険だ。「憶えてないのねっ」なんてことになったら面倒だし。
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カードキーを通して倉庫に入る。スチールラックに積み上げられた段ボール箱のすき間から沢木の声が聞こえた。
「鈴木~ 入り口のとこに置いてあるヤツ二課に持ってって~」
「あ はい」
指示された通り、重ねられている段ボール箱を台車に積む。
「そんで戻ってきたらこっち手伝ってくれ~」
「はい」
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桜の花が満開な様はなぜかめでたい。まだ冷たい春風が吹いて、花びらなんかがちらちら舞うと、美しいとも思う。暖かくなると、冬の間の猫背もなんとなく伸びてくる気がする。
春って、やっぱりうきうきする季節だ。
桜並木の土手道を自転車で走り抜けながら、鈴木孝政は朝っぱらから少しだけご機嫌だった。
これから我が身にどんな災難が降りかかってくるか、まだ知らなかったのでね。
□□□
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と、言いましても…
その浜崎が予約させてくーちゃんの職場で、記念写真撮る
というエピソードではないのですわ。
ちょっと前にも書きましたが、
細かな事情がよくわからないので、ボツにしたシーンをね…。
一応、手術までして変えた身体だから、
好き合う二人が結ばれる…って結構重要なポイントっすよね?
でも、そこ端折っちゃったんで、気にはなってたんですよ。
…作者だけか?(^^;;;
そんなわけで、営んでるだけのシーンだし
今度は普通だし…
「ここまで付き合ったんだから、とことん確認しとくよ!」って人だけ読んでやってください。
今回は
シモ注意報なしです。
やることはやってますが…やってるだけですが…
ちゃんと愛情たっぷりに営んでおりますので、大丈夫かと思います。
あ!お子様はとりあえず、お母さんといっしょに読んでね!
結構重要なポイントとか言いつつ、この程度→いつか叶う夢29.5話
「いつか叶う夢」に関する作者の言い訳は→「いつか叶える約束をした夢」でどうですか?
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思いも寄らないことに、拓実は戸惑った。
覚悟したって…そういうことだったんだ。
すごくうれしい。そんなふうに考えてもらってたことが、本当にうれしい。だけど…
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そして、問題の一週間後。拓実の誕生日だ。
朝、少し早く出て行く拓実を浜崎はいつものように見送ってくれた。「気をつけろよ~」とか気だるげに言いながら。「今日はなるべく早く帰るから」などという特別な言葉は一切なかった。
うん、まあ‥そんなとこかな。
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浜崎の誕生日当日、行きつけの業務用スーパーに自転車を走らせると、奇跡的にひき肉が安かった。
ごっそり買い込んだ拓実は、自宅に戻るとさっそくハンバーグをこね始める。
ハンバーグは浜崎の好物だった。それは中学の頃から変わっていないらしい。
拓実は寿司が好きなのだが、浜崎の方が刺身を食べられない。彼にとって寿司はご馳走ではないのだ。
「生肉や生魚は原始人の食いもんだっ!」と言うのが、浜崎の持論だった。子供過ぎて呆れてしまう。
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今日もキャベツを刻みながら、拓実はため息を吐く。 …これで、本当によかったのかな…。 昨日も一昨日も、今週はずっと野菜炒めだ。 自分は身についているが、浜崎までこんな生活に巻き込んでしまって本当にいいのだろうか?
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いたぶってやりたかったのに‥。すんなりこういう状況になって、菱木はぽかんと浜崎を見ていた。
びっくりしていた拓実も慌てて隣に膝をつき、同じように頭を下げる。
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拓実が拒否できないのをいいことに、浜崎は半ば強引に拓実の部屋に転がり込んだ。仕事柄休みが全く合わないので、そうでもしないとゆっくり会えないという理由もあった。
「おいタクっ お前の通帳貸せっ」
「あ…うん」
差し出された預金通帳をぱらぱら見て、浜崎は口をまるくする。
「…結構貯めてやがんな」
「……」
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部屋が明るくないことが拓実はうれしかった。菱木に要求されていた行為とは全然別のことのような気がする。
カンちゃんに抱いてもらえたら、どんな感じだろう。多感な頃から何度も想像してきた。そんなどの想像より実際の浜崎はやさしい気がした。
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「なあタク お前がそういう顔にしたいんなら どう変えてもいいよ
もっとおっぱいデカくしたいんならすればいい
お前がそれで自分に自信が持てて 自分らしくやっていけるんなら
好きなようにすればいいんだ」
浜崎は言葉を切って、拓実に笑いかけた。
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ちょうど服も脱がされていたので、拓実は素直にシャワーを借りた。これから何が行われるわけでもないのに、一生懸命身体を洗っている自分が滑稽だった。
「タク‥」
ドアの外で浜崎の声がする。
「‥なにっ?」
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今回、くーちゃんがちょっとひどいことされます。
苦手な人はスルーしても、話はつながると思いますので無理しないでください。
浜崎の器の小ささを書いてあるんですが…
ただ、エロ小説ではないのでコーフンはできませんよ。
それでもよかったら、どうぞ。
いつか叶う夢 26
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浜崎は睨むように拓実を見ていた。
その強さに、思わずたじろぎ後退る。堪らず視線を逸らした。
だが、狭いワンルームでは後ろはすぐに壁だ。拓実が退いた分浜崎が踏み出してくる。
「‥あの‥」
「どうなんだよ?」
「……」
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途中で買い物も済ませて浜崎のマンションに帰ってきた。全然口を利かない彼に、拓実は戸惑う。
あたしが、菱木さんの愛人だったことがわかっちゃったのかな。それで…そんなことしてたあたしを軽蔑してるのかもしれない。
「あの…すぐ作るから ちょっとだけ待って」
相変わらず黙って立っている浜崎の様子に、少し傷つく。
…やっぱり、軽蔑されてるんだ。
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あたし…色んな事がいっぱいあったんだもん。カンちゃんにはふさわしくない。
今さら何ショック受けてんだろ…。カンちゃんは「友達」じゃない。
ユキとうまくいかなかったからって、あたし何か期待しちゃってたのかな。バカだな。
あたしはカンちゃんの彼女になんかなれっこないのに…。
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表情を凍りつかせたままふらふらと美容室に戻ってきた拓実は、浜崎に気づかなかったのか目の前を通り過ぎようとする。
「おいっ タク さっきの‥」
「カンちゃん‥今日は 止めとく‥」
自分を拒絶して部屋に入っていく拓実を、呆然と見送った。
菱木が言ったことは本当なのだ。拓実は彼には逆らえない。
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男は三十代後半くらいで濃い色の少し光沢のあるスーツを着ている。
すぐに拓実を見止め真っ直ぐ歩み寄る。
「くみちゃん 久しぶりだね」
微笑みながらそう言った。
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ユキは「がんばって押してみたら?」と言ってくれたけど、拓実には何もできない。
勝手に友達を紹介したりして、浜崎に迷惑をかけてしまった。何より、もう「好きだ」と言わない約束をしたのだ。だから、自分は浜崎に会ってもらえていたのに、今さら言えるわけがない。
そうは思っても、何度も何度も携帯電話を取り出し眺める。
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美容専門学校に入ってからも、拓実はいずれ女になりたいと思っていることを隠していた。心にそぐっていない身体に悩みながらも、今は現実として受け止めなければと耐えていたのだ。
一人でいることの多かった拓実に声をかけてくれたのがユキだった。
話しているうちに二人は急速に仲良くなり、いつもいっしょにいると、まわりから「つき合ってるのか」と言われるようになる。
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ユキから電話をもらって、拓実は複雑な思いでいた。
浜崎とつき合うのは止めたと、友達は言ったのだ。慌てた拓実は「とにかく会って話をしよう」と、久しぶりにユキの部屋を訪れた。
「ここで二人きりになっても‥その‥そーゆー感じにならなくて…
浜崎さんも同じみたいで…彼氏っていうより友達の方がいいかなって思ったの」
ぬいぐるみを抱いてユキは申し訳なさそうに言う。
「そーゆー感じ」って…。
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気持ちに応えられなくてごめん。ちゃんとできなくてごめん。色んな意味で、浜崎に言えるのはそれだけだ。
そして…くれぐれもこのことは拓実には黙っていてほしい。
「あのね 浜崎さんのことずっとくーちゃんから聞いてたんだ
こんなにやさしいとかこんなにカッコいいとか…そりゃあもう色々と」
「そ…それじゃあ 実物と会ってがっかりしただろ」
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ユキは浜崎の頭が、首筋に鎖骨に胸に‥と下りていくのを許す。
あるかなしかの持っている力を全て発揮して、浜崎は彼女の身体を指で唇で舌で触れていた。
本当に、大丈夫かな…。やっちゃっていいんだろうか?
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仕事を終えてユキの部屋に行くと、彼女は長い髪を後ろで束ねてエプロンを着けていた。
「お疲れ様 すぐご飯できるから」
「うん」
玄関でとりあえずキスをして部屋に入る。ユキは浜崎のコートをハンガーに掛けてくれながら「テレビでも見てて」と言った。言われた通りベッドにもたれてバラエティ番組を観ていた。
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なんだか疲れてる。メンタルもフィジカルも。まんべんなく疲れているような気がする。
会社のデスクでコンビニのおにぎりを食べた浜崎は、残りの昼休みを喫煙スペースで過ごしていた。
今度の休みに健康ランドにでも行ってこようかなあ…。
実際行く気もないのに、そんなことを考えてみる。
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ユキと三人で食事をして以来、拓実からは一切連絡がなかった。浜崎からももちろん出来ない。ユキにも拓実の様子を訊くことはできない。拓実は二人にとって唯一の共通の話題だから、頻繁に話には登場する。だが、拓実が自分に腹を立てているんじゃないか、そんなことをそれとなくユキに訊く芸当を浜崎は持ち合わせていない。当然だ。
あいつ…どうしてるんだろう。
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ユキとは二度、食事に行った。二度ともなるべくその日のうちに彼女のコーポに送って行き、部屋の前で別れた。浜崎なりに一生懸命つき合ってるつもりだった。
会う前日は、何度も何度もシュミレーションして、メールも送信前に音読確認した。
失礼があっちゃいけない。タクの友達だから。いい加減なつき合い方は出来ない。タクの友達なんだ。
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拓実はデザートを食べ終わると、予告どおり
「じゃあ あたしは‥」
無情にも席を立つ。最初からそういう打ち合わせだったのか、ユキは「じゃあね」と手を振って見送った。
浜崎一人が、立ったり座ったり、全身隈なく焦っている。滑稽だ。
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拓実を、昔のように友達だと思っていない。
女だと思っていた。まるで自分の彼女のように、気安く部屋に呼んでしまった。
友達だから呼んだんじゃあない。下心があったのか言われれば、それも違う、と思う。ただ、もう少しいっしょにいたかった。
大方の予想通り、浜崎は死ぬほど後悔している。拓実の気持ちを知っていたのに、それに応えられないのに、気をもたせるようなことをして傷つけてしまった。
女だと思っているなら、拓実の気持ちに応えることもできるのだろうか?
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浜崎は随分と酔っていた。おそらく彼は翌朝死ぬほど後悔する。拓実の気持ちを知りながら部屋に呼んだという事実だけで、彼は拓実を傷つけてしまったと自分を責めるのだ。
拓実にはそれがわかっていた。
でも…カンちゃんの部屋で、二人っきりでいられる。
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ユキは拓実の専門学校時代の友達だと言った。当時はまだ拓実は男だったのだが、友達は圧倒的に女子が多かったのだと言う。
「くーちゃんとは一番話も合ったし
バイトもいっしょにしたのよね」
「そうですか‥」
「カンちゃんはあそこの会員なの?」
「ああ 付き合いで入会したんだ
お前こそヨガ教室通う余裕あるんじゃねーか
ビンボーとか言いやがって‥」
「ヨガが一番安かったのっ ビンボーだもん!」
「ビンボー自慢すんな」
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久保寺に拓実から聞いた写真撮影の相場を教えると、「やっぱりそんくらいかかるかあ」うんうん唸り始めた。
「合コンやってる場合じゃないんじゃないか?」
「それはそれこれはこれだっ
それよりさ浜崎 テレカ持ってねえ?」
「…何で?」
「俺 ケータイ忘れちゃってさあ」
「今時テレカって…」
とりあえず、サイフをひっくり返してみる。テレカがあったところで公衆電話はあるのかよ。
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だが、浜崎はその顔にはっとする。
顔面いっぱいに「カンちゃんが好きです」と書いてあるのだ。
「友達で いいの」
「タク…」
「たまに会って飲むくらいでいいの 時々メールの返事をくれたら…
いっしょに飲んでカンちゃんのこと 最近の話とか聞かせてくれるだけでいい
彼女の話だってしてくれていいから…だから…」
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拓実との待ち合わせ場所は浜崎の会社の近くになった。拓実が行きたがっていた店があったからだ。
仕事を終え、約束の場所に人の流れに沿ってぶらぶら歩いていると、遠くの方でぴょこぴょこ動いているものが浜崎の視界に入ってきた。
拓実だった。
満面の笑みを浮かべ、手を振りながらぴょこぴょこ跳ねている。浜崎がちょっと手を上げると、笑顔のまま人波をかき分けこっちにすごい勢いでやってくる。
「変わってねえなあ…」
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店を出て駅まで歩く。
「あの‥カンちゃんはなんで同窓会ずっと出てなかったの?
仕事忙しいの?」
「俺 昔の自分ってキライなんだ
いつだって 今日の俺は昨日の俺がキライなんだ
後悔ばかりしてる
昔の自分を思い出すと俺は俺がどんどんキライになっていくんだ」
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正月二日目では、ファミレス系の店しか開いてなくて、二人でコーヒーを飲むことになった。
駅前のコーヒーショップには、振袖の女の子がいたりで正月らしい雰囲気だ。席は埋まっていて、窓際のカウンター席に腰を下ろす。
なんとなくお互いの近況などを話していて、現在の住所が近いことを知った。拓実は結婚式場でヘアメイクの仕事をしていると言う。
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確かにそんなことを言われて当時からかわれていたこともあった。しかし、浜崎はあくまでもからかわれているんだと思っていたのだ。
あの頃の浜崎はクラスからも浮いていて、自分にいつもくっ付いていた拓実も巻き添えにしていると思っていた。
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今回のヒロインはニューハーフです。ですが、作者にはその方面の友人もいませんし、たぶん実際のニューハーフのおねいさんが読めば「ナメてんじゃないわよッ」ていうような内容だと思います。
いつも通り、軽くて浅いので…さくっと…よかったら、とりあえず、読んであげてみようか!
いつか叶う夢 1
過去を断ち切りながら 身軽にしてゆかなければ
そうは思っても
ついてくるのは 死にかけた自分ばかりで
役にたたなくて 足手まといで
どこへも捨て場がないから
仕方なくぶらさげたままゆく
みんなそうなんだろ
平気なカオしてるけど
□□□
正月二日目。地元商店街は、「初売り」だの「福袋」だののポスターが飾られ、申し訳程度の新春ディスプレイと閉まったシャッターに取り付けられたお飾りが、新年の雰囲気を醸し出していた。そんなささやかなメインストリートから少し入った路地にある居酒屋で、三年二組の同窓会は行われていた。
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お母さんは手に持った封筒をじーっと見つめながら、玄関を入ってきた。
あ!それ、この前お父さんが書いてたお手紙だね。
すごく長い間書いてたから、きっと長いお手紙だよ。
立ったまま封を開けて、お母さんは読み始めたんだけど、そのうち泣き出しちゃったんだ。
お父さんからの…悲しいお手紙だったのかな。
心配になって、テーブルに置かれたそれを覗き込んだ。
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この話は以前書いた短編の続編です。これ→「僕の瞳に映る愛しい人たち」
クリスマス特集で書いた続編はこっち→「僕らのささやかな夜」(こっちは少々ドラマがあります。お時間大丈夫なようでしたら、読んでみてな。)
そんで、今回がそのまた続編の…小ネタ。
なのに、長さが中途半端になったおかげで、前後編二回に分けてしまいましたあ。
よろしければ、お付き合いください。
僕らの、本当にささやかな夜
ベッドに寝っ転がって雑誌をめくってるお父さんのお腹に乗っかってウトウトしてた。
最近、お父さんが毎日いる。お母さんが会社に行っていない時でも、お父さんがずっといっしょにいてくれるからボクはすごくうれしいんだ。
でも…